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Vol.257 「改正民法とショッピングセンター運営」

先日のセミナーで改正民法について関心が高かったので、このコラムで連載形式で書いたものをまとめてリライトしました。

少々長文になりますが、参考にしてください。(西山貴仁)

2020年4月1日から施行される改正民法は、

 1.国民に分かりやすくすること
 2.社会経済の変化に対応すること

のコンセプトで作られました。

120年前に作られたものだから相当時代に合わなくなったからということのようです。

 ただ、国民に分かりやすく、という面では、シンプルだった現行民法に比べるとこれまでの判例法理を明文化し、多くが追記されていますし、これまで異なる判例も出ている分野もあり、見方によっては非常に難解になったイメージもあります。

 社会情勢の変化とは、低金利時代への突入、外資による不動産の取得、経済のスピード化などが大きく影響し、そこに対応しようとしています。

 では、この改正が我々「商業用不動産」「ショッピングセンター」「事業系賃貸物件」を扱うものにとってどんなインパクトがあるのでしょうか。

 ここは、法律家としてではなく、ショッピングセンターを実務として扱っている私西山のフィルターを通して一つずつ解説していきたいと思います。

とは言え、施行も判例も未だなので、今後、解釈も異なる部分も出てくると思います。
その前提で読んでいただければ幸いです。

まず、今回は、建物賃貸借契約に影響がある項目を指摘します。
商業用建物賃貸借契約にインパクトがある項目は、下記の6点と考えられます。

 1.個人の連帯保証契約(極度額)
 2.賃借人の修繕権
 3.敷金の定義と返還時期のルール化
 4.賃貸物件の所有権移転と賃貸人の地位の留保
 5.賃借物件の一部滅失による賃料減額(当然減額)
 6.賃借人の原状回復義務と通常損耗

 この6つのうち、既に実務上契約書に反映されているもの、反映されているけど契約書の書き換えが必要なもの、そもそも考え方を変えなければいけないもの、今後、どんなジャッジメントが下されるのか分からないもの、など多種多様な条項が加わります。

いろいろ学習していく過程では、契約書に事細かに記載しなければならないことが多く発生しそうな印象です。
そんなことも考えながら西山の視点で一つずつ解説していきます。

1.個人の連帯保証
今回はまず「個人の連帯保証」について解説します。(結構、難しいです)
今回の改正のポイントは次の3つです。

ポイント1:
個人根保証契約の極度額

ポイント2:
債務者から連帯保証人への情報提供義務

ポイント3:
債権者から連帯保証人への情報提供義務

これを見ると分かりますが、今回の改正は連帯保証人を保護しようというコンセプトのようです。

 一般的にショッピングセンターに出店するテナントさんに信用不安がある場合、連帯保証として保証人を丙として契約書に捺印してもらっています。
多くの場合、契約する企業の社長さんの個人保証とすることが多いですね。

その場合、下記のような条文で保証人を規定していませんか。

「丙(連帯保証人)は本契約に基づく乙(賃貸人・テナント・出店者)の甲(賃貸人・オーナー・デベロッパー)に対する一切の債務について、乙と連帯して債務の履行する責を負うものとする」

実は、この条文は改正民法では「無効」になります。

なぜか?

それは、これまでの条項は保証人の保証限度額が青天井でどこまで保証するのか分からない。これでは安易に保証人になるの怖いですよね。

そこで改正民法では、個人が保証人になる場合は、保証の限度額を定めよう!となりました。
それが極度額です。
以下に新しい民法の条文を記載します。

改正民法 第465条の2
(個人根保証契約の保証人の責任等)
一定の範囲に属する不特定の債務を主たる債務とする保証契約(以下「根保証契約」という。)であって保証人が法人でないもの(以下「個人根保証契約」という。)の保証人は、主たる債務の元本、主たる債務に関する利息、違約金、損害賠償その他その債務に従たる全てのもの及びその保証債務について約定された違約金又は損害賠償の額について、その全部に係る極度額を限度として、その履行をする責任を負う。
2 個人根保証契約は、前項に規定する極度額を定めなければ、その効力を生じない。
3 第四百四十六条第二項及び第三項の規定は、個人根保証契約における第一項に規定する極度額の定めについて準用する

なんだか、難しくてよく分かりませんが、1項に「極度額を限度として責任を負う」とありますね。
今後はここで決められた限度で保証すれば良いことになります。

そして、2項に「極度額を定めなければその効力を生じない」とあります。
だから、これまでの条文はこの極度額を定めていないので無効!となってしまうのです。

でも、1項に「法人でないもの」とあるように個人が対象になることにも注意です。

個人の保証人を守るためにこの他にもいくつか規制されました。

まず、保証契約後に加わった(上乗せになった)債務は保証の対象からは外れるようです。(もちろん、保証人が合意して覚え書きでも交わせば別でしょうけど)

次に債務者(賃借人・テナント)からの連帯保証人の情報提供義務です。

改正民法 第465条の10 
(契約締結時の情報の提供義務)
主たる債務者は、事業のために負担する債務を主たる債務とする保証又は主たる債務の範囲に事業のために負担する債務が含まれる根保証の委託をするときは、委託を受ける者に対し、次に掲げる事項に関する情報を提供しなければならない。
一 財産及び収支の状況
二 主たる債務以外に負担している債務の有無並びにその額及び履行状況
三 主たる債務の担保として他に提供し、又は提供しようとするものがあるときは、その旨及びその内容
2 主たる債務者が前項各号に掲げる事項に関して情報を提供せず、又は事実と異なる情報を提供したために委託を受けた者がその事項について誤認をし、それによって保証契約の申込み又はその承諾の意思表示をした場合において、主たる債務者がその事項に関して情報を提供せず又は事実と異なる情報を提供したことを債権者が知り又は知ることができたときは、保証人は、保証契約を取り消すことができる。
3 前二項の規定は、保証をする者が法人である場合には、適用しない。

上記の条文のように主たる債務者(テナント)は連帯保証人をお願いする時は、しっかりと情報提供しなさい、と記載されています。
情報を提供しなかったり、誤った理解をさせたりすると保証契約は取り消されますよ、です。

保証をお願いするテナントさんはしっかりと説明しなければならなくなりました。
加えて、下記の条文にあるように債権者(オーナー・デベロッパー)も連帯保証人から聞かれたらしっかりと情報公開をしなければなりません。

改正民法 第458条の2
(主たる債務の履行状況に関する情報の提供義務)
保証人が主たる債務者の委託を受けて保証をした場合において、保証人の請求があったときは、債権者は、保証人に対し、遅滞なく、主たる債務の元本及び主たる債務に関する利息、違約金、損害賠償その他その債務に従たる全てのものについての不履行の有無並びにこれらの残額及びそのうち弁済期が到来しているものの額に関する情報を提供しなければならない。

でも、テナントの個人情報などに踏み込みそうな内容を連帯保証人にむやみに話すことははばかれますが、これからは必要最低限の情報はしっかりと伝えることも大切な責任になります。
これも個人の連帯保証人を保護しようと言う表れですね。

では、このルールはいつから適用されるのでしょう?
2020年4月1日以降に新たに契約するものはもちろん適用になります。

ただ、これまで契約してて自動更新する普通借家契約のようなものはそのまま契約は有効となるようです。
難しいのは、今までの契約していたものを2020年4月1日以降に締結し直すものの扱いが今ひとつグレーなようです。

そして建物賃貸借契約を結び直しても保証契約が省略されてしまっている場合とか。
この取り扱いは、皆さんの顧問弁護士と十分に協議してください。
連帯保証に関する新しい契約条項案も十分に顧問弁護士と協議してください。

とにかく、これまでの条文では「無効」になってしまいますので注意!です。

(読者からの質問)
上記で解説した個人保証の極度額設定について、こんな質問が来ました。

質問「テナントオーナーが保証人になる場合、十分、財務状態も分かっているので、極度額の設定は不要と聞いたのですが?」

 ショッピングセンターでは、自営業に近い個人企業の方に出店いただく場合、そのオーナーの個人保証を求める場合が多いですよね。

 その際、自分の会社だから経営状態を十分に把握しているので保証に限度を設けるのも今一つすっきりしませんが、今の時代、その社長さんがずっと社長さんで居続ける保証もありませんし、M&A、売却などの可能性もあります。
だから「社長だから」と言うことで特別扱いはしない方が良いと考えます。

 今回の改正では、個人の保証人には例外なく適用されるルールと理解されていますので、当該会社の社長であっても当然極度額を設定しなければならないと解釈する方が自然のようです。

ここで気になるのは「債務者からの保証人に対する情報提供義務(改正民法第465条の10)」です。

 自分の会社の保証人にその会社の社長さんが保証人になるということは、自分で自分に情報提供ということになってしまって変な感じですが、「自分が経営する会社の経営状況等は当然知っているからと会社から情報提供がなされなかったので保証契約を取り消す」となってもおかしな話です。

 したがって改正民法下での判例が確立していない現段階では、施行当初は、画一的な取扱いですが、当該会社の社長だったとしても情報提供義務の履行の確認自体はとっておく方が良いという見解が多数のようです。

 恐らく、今後、改正民法に対応した契約書の作成の際、保証人の条項に債務者の情報提供義務について書き込まれることになるのではないでしょうか。

 ちょっと話は変わりますが、今回、極度額が明示されることになったことで、保証人になる方が減るのではないか、とも言われています。

 その理由は、これまで日本では保証人というと身元保証人のような印象を持っていましたが、来年からはキッチリ金額が記載されますので、その金額を見た一般の個人は「え?そんな巨額の保証?」と印鑑を押すことに躊躇するのではないか、考えられるからです。

 とはいえ、今回の改正民法では突然巨額な請求が個人に向けられないような仕組みを導入した訳ですから良いことだと思います。

あくまで「保証人」ではなく「連帯保証人」です。

2.賃借人の修繕権
 今回の改正民法で賃貸人(オーナー、デベロッパー)が賃貸物件を修繕しない場合、賃借人(テナント)に修繕権があることを明文化されます。

改正民法第606条1項(賃貸人による修繕等)
賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う。ただし、賃借人の責に帰すべき事由によってその修繕が必要になったときは、この限りではない。

この条文では賃貸人(オーナー、デベロッパー)の修繕義務が明記されます。
 
 そもそも建物賃貸借は賃貸物の使用収益を賃借人(テナント)に認めるわけですからその使用収益が正当に行えない状態になれば賃貸人(オーナー、デベロッパー)が修繕をするのは当たり前。

 でも、それが賃借人(テナント)のエラーなどで生じた損傷は修繕する必要は無いですよ、と至極当たり前なことが記載されています。
特にこれはそれほど問題にならないと思いますが、悩ましいのが次の条文です。

改正民法第607条の2(賃借人による修繕等)
賃借物の修繕が必要である場合において、次に掲げるときは、賃借人は、その修繕をすることができる。
ア 賃借人が賃貸人に修繕が必要である旨を通知し、又は賃貸人がその旨を知ったにもかかわらず、賃貸人が相当の期間に必要な修繕をしないとき。
イ 急迫の事情があるとき。

今回、この「賃借人(テナント)の修繕権」が規定されます。
実はこれは大変なことです。

なぜなら、他人の所有物に勝手に手を加えることができるわけですから。
そして、その修繕費を後から賃貸人(オーナー、デベロッパー)に請求できる。
すごいことです。

でも、ここで問題は、
(オーナー側の立場としては)
1.その修繕は本当に必要があるものなのか。
2.必要があっても今しなければならないのか。
3.代替案は無いのか。
4.その修繕費は妥当か。
5.逆にその修繕だけでなく、その他の修繕箇所も同時に行った方が費用対効果は高いのではないか。
6.こういったことが明確にならない前に賃借人が修繕権を行使した場合は、どう対応するのか。

(テナントの立場としては)
1.修繕が必要と思い、賃貸人に通知した後、相当の期間とはどれくらいの期間なのか.
2.オーナーが修繕してくれないとき、勝手に修繕して、その後、修繕費を請求したら支払ってくれるのか。
3.今回の改正民法を下に今後、オーナーから提示される契約書にはどのように記載されるのか。

と、双方に懸念が残る条文ですよね。

ショッピングセンターでは、老朽化した物件はあまり修繕に金をかけずいずれかのタイミングで建て替えを考えているときもあります。
 近々、リニューアルの計画があれば、今、不要な修繕費をかけたくないと考える場合もあります。

この場合、テナントが急迫として修繕権を行使したらどうなるのか。
悩ましいですね。

実はこの修繕権の規定は、「任意規定」という判断もあります。
したがって、契約条文で何らかの特約を付けることも考えられます。

 今後、建物賃貸借契約書を作成する際、修繕権の行使条件・範囲、費用負担、手続き等についてあらかじめ織り込む必要がありますので、表現方法は顧問弁護士の先生としっかり協議してください。

無用なトラブルにならないように。

今回の改正民法はこういったトラブルの原因になることも多いように西山は感じています。
比較的シンプルだった民法は解釈の下に運用されてきたものを明確に記載することによって課題点が浮き彫りになり議論へと発展する可能性があるかもしれません。

だからこそ、契約書の存在が一層高まってくるでしょう。

今回の改正の裏側には、日本の商習慣を欧米型の契約主義に誘導することを企図しているのではないかと私は感じています。

3.賃貸借物件の所有権移転と賃貸人の地位の留保

さて、ここでは「賃貸借物件の所有権移転と賃貸人の地位の留保」を説明します。
普通の人が聞いても「なんのこっちゃ」ですよね。
頑張って解かりやすく解説します。

とりあえず、このテーマに該当する改正民法は次の通りです。

【改正民法】
(不動産賃貸借の対抗力)
第605条
 不動産の賃貸借は、これを登記したときは、その不動産について物権を取得した者その他の第三者に対抗することができる。

(不動産の賃貸人たる地位の移転)
第605条の2
1.前条、借地借家法(平成三年法律第九十号)第十条又は第三十一条その他の法令の規定による賃貸借の対抗要件を備えた場合において、その不動産が譲渡されたときは、その不動産の賃貸人たる地位は、その譲受人に移転する。
2.前項の規定にかかわらず、不動産の譲渡人及び譲受人が、賃貸人たる地位を譲渡人に留保する旨及びその不動産を譲受人が譲渡人に賃貸する旨の合意をしたときは、賃貸人たる地位は、譲受人に移転しない。この場合において、譲渡人と譲受人又はその承継人との間の賃貸借が終了したときは、譲渡人に留保されていた賃貸人たる地位は、譲受人又はその承継人に移転する。
3.第一項又は前項後段の規定による賃貸人たる地位の移転は、賃貸物である不動産について所有権の移転の登記をしなければ、賃借人に対抗することができない。
4.第一項又は第二項後段の規定により賃貸人たる地位が譲受人又はその承継人に移転したときは、第六百八条の規定による費用の償還に係る債務及び第六百二十二条の二第一項の規定による同項に規定する敷金の返還に係る債務は、譲受人又はその承継人が承継する。

 これを読んでもやっぱり「なんのこっちゃ」は変わりないですが、この条文を読んだとき、今回の改正民法の「時代に合わせる」というコンセプトの中でこの改正がショッピングセンター運営において最も時代を表してると私は感じました。

それは物件の売買や流動化の活発化です。

 これまで大型のショッピングセンターをそうやすやすと売ることはありませんでしたし、ましてや流動化と言った概念は金融市場では一般的でも不動産市場はあまり活用されてきませんでした。

 ところが2000年の資産流動化法の改正やROAへの関心への高まり、外資系ファンドの登場、老舗企業の経営不振などいろいろな理由が相まって不動産の所有権がいとも簡単に移っていくことが現実のものとなりました。

そうすると何に影響するかと言うと、その売られていく物件で現に営業しているテナントの存在です。

そう、物件の賃借人たるテナントの存在であり、テナントの権利の保全です。

ショッピングセンターが売却されるとテナントさんにしてみれば、突然、オーナーが変わるのです。
テナントさんにとっては「おいおい」ですよね。

 ただ、借地借家法31条1項で、「建物の賃貸借は、その登記がなくても、建物の引渡しがあったときは、その後その建物について物権を取得した者に対し、その効力を生ずる。」

 と規定してあるのでショッピングセンターが売却されてもテナントは新オーナーに賃借権を主張できたし、これからも変わりません。

 したがって、新しいオーナーが、「お宅と契約した覚えが無いから出て行ってくれ」と言われてもテナントは大丈夫なわけです。

 ただ、これまで(これからも)物件を売却すれば、テナントの賃借権も当然に新オーナーに移転することは変わりませんし、移転登記すれば新オーナーはテナントに賃料請求が出来るわけです。(改正民法第605条の2の1項)
 
ところが、ここで実務の中で出てきた問題は、他人に売却したけどショッピングセンターをそのまま経営していたいと考えるオーナーの登場です。
 とりあえず、キャッシュが欲しいから持っているショッピングセンターを他人に売却するけど、ショッピングセンター経営をそのまま継続したいのでテナントとの契約はそのまま続けたい、と考える人たちが登場したわけです。

ショッピングセンターに従事していると最近、相当多いですよね、このパターン。

この場合、どうするか?

それを今回の改正民法605条の2の2項で規定したのです。

ここでは、
1.旧オーナー(譲渡人)と新オーナー(譲受人)との間でテナントに対する賃貸人の地位を留保する旨の合意(旧オーナーがそのまま貸し続けるという意味)
2.旧オーナー(譲渡人)を賃借人、新オーナー(譲受人)を賃貸人とする建物賃貸借契約の締結

この2つを満足すれば、これまで通り、旧オーナーがショッピングセンターを継続して経営出来るということになります。

これって画期的じゃないですか?
でも、ちょっとここで疑問なのは、このプロセスにテナントの意思は繁栄されないのか?ということです。
 
 テナントにしてみれば知らない間に物件が売られて知らない人がオーナーになり、今のオーナーはその新オーナーから借り受けて、いわば自分たちは転借人の立場になるわけで、ここでも「おいおい」という感じですが、これを実現可能にしたのが今回の改正なのです。

 ショッピングセンターが売られて全く知らないオーナーが現れるより、これまでのオーナーが継続して運営にあたるのであれば、その方が望ましいってこともあるかもしれませんね。

 これまで、旧オーナーの賃貸人としての地位を万全なものとするためには全テナントの合意を取る必要がありました。

でも、100テナントも200テナントも個別同意を取ることは不可能に近いですよね。
 したがって今回の改正は、そんな不可能なことを求めて日本の不動産市場や日本経済が停滞するより、もっとダイナミックに物件を動かす方が時代に合っていると考えたのかもしれません。

ここで疑問なのはテナントさんが収めた(預け入れている)敷金の扱いですね。
これは前回のテナントの借家権譲渡の場合と少し変わります。

ショッピングセンターを旧オーナーから新オーナーに売却した場合は、敷金は新オーナーに引き継がれます。
したがってテナントの敷金の返還請求先は新オーナーとなるわけです。

 テナントの賃借権が譲渡した場合は、オーナーは敷金の返還義務が発生しましたが、ここではオーナー側の所有権の移転では敷金の返還義務は発生せず、所有権の移転と共に敷金も移ると言う考え方を取ります。

 ただ、賃貸人の地位を旧オーナーが留保し、旧オーナーとテナント契約が継続される場合は、引き続き、賃貸借契約先の旧オーナー(賃貸人)への敷金返還請求権を持つことになります。

 この条文において、デベロッパー側は物件の売却の際、引き続きデベロッパーであり続けるのか、テナントは物件が売却される際、誰がショッピングセンターを経営するのか、それぞれ注意する必要があります。

4.敷金
あまりに馴染みのある敷金。実は法律にありませんでした。
「ええっ?」ですよね。
でも、本当に法律になかったのです。
そこで、今回の改正民法において次のような敷金の条項が作られます。

改正法第622条の2  敷金
(1) 賃貸人は、敷金(いかなる名義をもってするかを問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭をいう。)を受け取っている場合において、次に掲げるときは、賃借人に対し、その受け取った敷金の額から賃貸借に基づいて生じた賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務の額を控除した残額を返還しなければならない。 
ア 賃貸借が終了し、かつ、賃貸物の返還を受けたとき。 
イ 賃借人が適法に賃借権を譲り渡したとき。
(2) 賃貸人は、賃借人が賃貸借に基づいて生じた金銭の給付を目的とする債務を履行しないときは、敷金をその債務の弁済に充てることができる。この場合において、賃借人は、賃貸人に対し、敷金をその債務の弁済に充てることを請求することができない。
出典:民法(債権関係)の改正に関する要綱案

この条項での大きなポイントは、

1.敷金を定義付けたこと。
2.敷金の担保範囲を明確化したこと。
3.敷金の返還時期を明確化したこと。
4.賃借権譲渡の場合の返還を明確化したこと。
5.賃貸人の充当関係を明らかにしたこと。

となりますが、これまでの判例法理を明文化したもので、実務への影響は少ないと考えられています。

ただ、これまで法律になかった敷金というものがしっかり定義され、その扱いや返還時期、そして賃借権の譲渡の際の返還義務を明文化したことはショッピングセンターの運営にとっては大きなエポックとなるでしょう。
それではポイントを一つずつ見ていきます。

◆敷金の定義
法文に「いかなる名義をもってするかを問わず」とあるのは、敷金が他のどんな名称であっても法文に記載されている目的であれば敷金ですよ、ということです。

この敷金、意外にいろいろな名称が使われています。

西山が知る限りでも、預託金、保証金、営業保証金などといろいろ名称が存在します。

でも、改正後は、その性格性質が条文の目的に合致すればすべて敷金として扱われます。

◆契約終了後の返還時期
これまで会社ごとに返還時期を取り決めていましたが、1項(1)アにおいて、「賃貸借の終了かつ物件の返還を受けた時」と明確に規定しています。

◆賃借権譲渡の場合の返還義務
これちょっと分かりにくいですよね。
これは賃借人(テナント)が第3者(別なテナント)に賃借権を譲渡する場合です。 

ショッピングセンター運営の場合、こういったケースの時は、テナントAさんとの現契約を合意解約し、テナントBさんと新たに契約を締結する手続きを取ることが多いですよね。
だから賃借権の譲渡というのはあまり起こらないと思いますし、私もこれまで経験がありません。

でも、今回のケースは、賃借権の譲渡を賃貸人が承諾するというケースを想定しています。

例えば、テナントAさんがテナントBさんに賃借権を譲渡してテナントBさんに店舗運営を引き継ごうとした場合、当然に賃貸人(オーナー、デベロッパー)の承諾が必要となりますが、仮に、その譲渡を賃貸人(オーナー、デベロッパー)が承諾した場合はどうなるでしょう?

これが条文にある「適法に賃借権を譲り渡した時」と解されます。

では、この時、敷金の扱いはどうなるのでしょう?
現在、敷金はテナントAさんから預かっています。
でも、賃借権がテナントBさんに移動する。
その場合、敷金の扱いをどうするのか、これが今回のポイントです。

今回の改正民法では、賃借人が適法に賃借権を譲り渡したときは返還しなければならないとなります。
 要するにテナントAさんからテナントBさんに賃借権が移動した時は、テナントAさんに敷金は返しなさい、ということです。

「え? そうしたら、その区画の敷金はどうなるの?」ですよね。  

この場合、新たに契約するテナントBさんから改めて敷金をもらわなければなりません。

「えー、そんなめんどくさいし、怖いよ」とオーナーは考えると思います。

 なので、「敷金返還請求権を新賃借人(この場合テナントBさん)に債権譲渡する」という合意(取り交わし)をすることになると考えられます。

 この合意のタイミングとしては、賃借権譲渡の承諾をする場合の承諾事項とすることや予め標準契約に記載することも考えられます。 

一般的に賃借権の譲渡は禁止事項となっていると思いますので、そこを改定していくようなイメージです。
 
この契約書の条項については、記載するタイミングと条文の書き方は顧問弁護士とよく相談してください。
 
「賃借人は、賃貸人に対し、敷金をその債務の弁済に充てることを請求することができない。」とは、テナント側から「賃料払えないから敷金から充当してよ」というようなことは言ってはダメですよ、ということです。

これまで、あまりに一般的だった「敷金」が法律に明文化したことは非常に大きな出来事です。

そして、この敷金の扱いについては、
1.賃借権が譲渡された場合(テナントチェンジ)
2.賃貸物件が売却された場合(オーナーチェンジ)
この2つを事象についての取り扱いを明確にしたことも大きいと思います。

5.賃借物の一部滅失等による賃料の減額等
このテーマに関する改正前と改正後の民法を下記に記載します。

〔改正前〕
(賃借物の一部滅失による賃料の減額請求等)
第611条
1 賃借物の一部が賃借人の過失によらないで滅失したときは、賃借人は、その滅失した部分の割合に応じて、賃料の減額を請求することができる。
2 前項の場合において、残存する部分のみでは賃借人が賃借をした目的を達することができないときは、賃借人は、契約の解除をすることができる。

【改正後民法】
(賃借物の一部滅失等による賃料の減額等)
第611条
1 賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合において、それが賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、賃料は、その使用及び収益をすることができなくなった部分の割合に応じて、減額される。
2 賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合において、残存する部分のみでは賃借人が賃借をした目的を達することができないときは、賃借人は、契約の解除をすることができる。

この前後を見比べると一目瞭然!

 まず、現行法では賃借物が滅失した場合は「賃料の減額を請求が出来る」としていましたが、改正後は特段請求しなくても当然に減額されるとなりました。(当然減額)

 そして、現行法では「滅失」だけでしたが、改正後は「賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合において」と範囲を広げています。

いやー、これは悩ましい。

この条項によってテナントさんから、
「以前からずっと使えなくなってたので過去に遡って賃料を減額してください。」
「入り口付近が使えなくなったので区画のほとんどが使えないのと同じなので大幅に減額されますよね」
「エアコンが壊れたので使用に支障を来したので減額されますよね」
などと非常に判別不能な議論をしなくてはならないかもしれません。

「水道が一時使えなくなった時の賃料減額はいくらか」
「賃貸区画のバックに使用している範囲が雨漏りで使えなくなった時の減額はいくらか」
「滅失した部分の単純な面積比率で減額すれば良いのか」

などなど、議論勃発ですね。

なので、そうならないためにも事前に契約書に細かく決めておく必要が出そうですが、結局のところ具体的にいくら減額されるかは、事実認定の問題なのでケースごとに考えるしかないようです。

(契約条文例)
「乙は建物の一部が使用できないような状態にあることを発見した場合には、直ちに甲にその旨を通知し、協議の上で建物の使用が不可能となった割合を決定し、賃料の減額分を算定するものとする。乙が上記を通知しなかった場合には、通知の時点より前までに発生した賃料の減額分は請求できないものとする。」
※出典:2019.4.17改正民法が商業施設・SCへ与える影響について(日本ナレッジセンター主催セミナー)講師:光風法律事務所 この条文は顧問弁護士と相談するか上記光風法律事務所に相談してください

この611条の改正には相当いろいろな議論があったようです。

 もちろん、不動産業界からはもめることが予想されるこの条項には疑義はあったようですが、そもそも賃料とは使用収益を約して決められるものであって、その使用収益に支障が出れば当然に賃料は減額される、という法理論が優先されたようです。

今回の改正は、こと細かに諸々規定したためにもめることが多くなる気もしますね。

 でも、それは事前に契約でしっかり確認し合う欧米型の契約社会に誘導することを企図しているのではないかとこの当然減額の条項を見ると特に感じます。

6.賃借人の原状回復義務と通常損耗
原状回復、いつももめるテーマですね。
「どこまで原状回復すればいいのか」
「いくらかかるのか」
ショッピングセンターの運営ではいつも議論の対象ですが、今回の改正では次のようになりました。
 
 ただ、このテーマは、かなり難しく、高裁によって異なった判決も出ているナーバスなテーマですので、この場では一般的な解説に留めます。
不明な点は顧問弁護士に相談してください。

改正前と改正後は次の通りです。

(改正前)
(借主による収去)第598条
借主は、借用物を原状に復して、これに附属させた物を収去することができる。

(改正後)
第621条(賃借人の原状回復義務)
賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。以下この条において同じ。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。ただし、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。

第599条(借主による収去等)
借主は、借用物を受け取った後にこれに附属させた物がある場合において、使用貸借が終了したときは、その附属させた物を収去する義務を負う。ただし、借用物から分離することができない物又は分離するのに過分の費用を要する物については、この限りでない。
借主は、借用物を受け取った後にこれに附属させた物を収去することができる。

第622条(使用貸借の規定の準用) 

第597条第1項、第599条第1項及び第2項並びに第600条の規定は、賃貸借について準用する。

現行法では、「収去することが出来る」としていたものを改正後は「義務を負う」と明文化されました。

 また、「通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。」といわゆる通常損耗は明確な特約が無い場合、賃借人は原則、原状回復義務は負わないと明記されました。

この通常損耗とは、賃貸目的にそって通常に使用して起こる経年劣化のことです。
 例えば、賃貸住宅に住み、通常に生活をした上で起こる畳の擦り切れや壁のくすみなど目的を逸脱しない範囲の損耗を通常損耗として、この劣化のリスクは事前に賃料の中に含まれているという考え方です。

 この通常損耗について、ショッピングセンターに照らした時、どの範囲かというところが問題になりますので、工事区分表、管理区分表、資産区分表、白図などを契約書に添付し、予め原状回復範囲を明確にしておくことが必要です。

 トラブルが想定されるのは、予めA工事で床、壁、天井、空調などの工事がなされている区画を店舗として使用した場合の通常損耗です。

この場合も明確に原状回復範囲を決めて明確に合意しておく必要があります。
特に「居ぬき」の場合はなおさらですね。

 改正民法599条では付属物の撤去義務も明文化されましたが、過分な分離費用が発生する場合は対象外となってしまう可能性もありますので、しっかりと特約を定めておく必要もあるでしょう。

この原状回復と通常損耗の考え方は、住居系用途と事業系用途で異なります。
また、それぞれの事案によって判例も異なり、かなり個別性が高いテーマです。

事業用の賃貸借物件であるショッピングセンターにおける配慮が必要になってきますので、ご留意ください。

7.契約書とは
ここまで下記の商業施設に影響するだろうポイント6つを解説しました。

  • 個人の連帯保証契約(極度額)
  • 賃借人の修繕権
  • 敷金の定義と返還時期のルール化
  • 賃貸物件の所有権移転と賃貸人の地位の留保
  • 賃借物件の一部滅失による賃料減額(当然減額)
  • 賃借人の原状回復義務と通常損耗

今回の改正民法は建物賃貸借契約だけでなく、多くの契約行為に変化を求めています。

住居用の賃貸借物件などは消費者契約法との関係もありますので一般消費者向けの物件では事業用と違った観点も出てきます。

この民法、120年間大きな改正をしてこなかったと言うことはある意味、優れたものだったと言えるかもしれません。

 今回の改正によって建物賃貸借契約に及ぼす影響はこれまでの判例法理を明文化したものが多いため実務上の変化はそれほど多くは無いと聞いていましたが、読めば読むほど契約書をしっかり作らないとあとあと面倒になるのでは?というものがたくさんあるように感じます。

 むしろこれまでに民法がシンプルな条文だったのであまり綿密に考えなくても良かったところを今回は細部まで規定したため、予め契約書で細部まで確認しておく必要が出る、そんな印象です。

そもそも契約書を作る目的は2つと言われます。

一つ目は、「トラブルの防止」
契約がスタートしてからトラブルにならないよう予め当事者同士がしっかり確認し合うことを目的にします。

二つ目が、「トラブルの解決」
 契約当初、いろいろ考えて契約したものの不幸にもトラブルになった場合、その処理方法を予め決めておくことでスムーズな解決を目指すものです。

この2つを満足するためには、当事者同士がしっかり話し合うことがまずは重要です。
そして契約書の条文は、誰が読んでも同じ解釈をするよう工夫しなければなりません。

建物賃貸借契約の場合、賃貸人側はどうしても都合の悪いものはあまり説明をしたがらないもの。
また、賃借人側は説明されたものを自分に都合のいいように解釈しがちです。

「言った、言わない」
「聞いてない」
「そんなつもりじゃなかった」

こんな不毛な議論にならないよう当事者間がしっかり話し合うことが大切です。
誰も揉めたくて揉めるわけでは無いはずですから。

8.お願い
この解説を書いていて、読者の方から「弁護士でもないのに」とのご指摘もありました。
まったくその通りです。

 でも、「法律×SC運営×テナントリーシング実務」として解説することに意義があると思い、複数のセミナーに参加し、条文を読み込み何とかポイント整理してきました。

 ただ、この改正は未だ施行されておらず、当然に判例も出ていませんので、まだまだ解釈も変わることも多いと思います。

 なお、ショッピングセンター事業において建物賃貸借契約書を扱う方は、借地借家法と合わせ今回の改正民法を織り込んだ新たな契約書の作成に早めに着手されることを推奨します。

 新たに付加された修繕権や通常損耗や賃料の当然減額や保証人の極度額などこれらは契約書条文に反映されなければならないと思います。

2020年4月1日以降の契約を予定しているテナントとの協議は、今から新しい契約書を提示しなければなりません。

ところが、顧問弁護士に相談したら、「連帯保証人以外は特に変わらないから今のままでいい」と言われ何も対応していないというSCデベロッパーも少なからずいます。

でも、本当にそれでいいのでしょうか。
少なくとも担当者の皆様は、改正民法をしっかりと理解する必要はあると思います。
とにかく、民法が変わることは確か。
でも、それがどう解釈されてどういう判例が出るか。
まったくの未知数です。

上記で書いた西山の解釈も変わる可能性も大いにあります。

したがって、この状況をしっかり顧問弁護士と協議してください。
もし、良い弁護士をお探しでしたら、SCに詳しい光風法律事務所を推奨いたします
後悔の無いように。

以上 
株式会社株式会社SC&パートナーズ 代表取締役 西山貴仁  2019年9月13日

この文章を転載する場合は、「株式会社SC&パートナーズ西山貴仁著」と出典の明記をお願いします。

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株式会社 SC&パートナーズ

代表取締役西山貴仁

東京急行電鉄(株)に入社後、土地区画整理事業や街づくり、商業施設の開発、運営、リニューアルを手掛ける。2012年(株)東急モールズデベロップメント常務執行役員。2015年11月独立。現在は、SC企業人材研修、企業インナーブランディング、経営計画策定、百貨店SC化プロジェクト、テナントの出店戦略策定など幅広く活動している。小田原市商業戦略推進アドバイザー、SC経営士、宅地建物取引士、(一社)日本SC協会会員、青山学院大学経済学部卒。

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